南島原市版画400年史−「聖家族」「セビリアの聖母」から渡辺千尋 そしてセミナリヨ現代版画展−

日時

開催日 2018年12月25日(火)
開館時間 10時〜18時 (月曜閉館)年末年始休館日 12月29日(土)〜1月3日(木)

明後日12月25日(火)より一階ギャラリー1、2にて南島原市アートビレッジ•シラキノ常設展『南島原市版画400年史−「聖家族」「セビリアの聖母」から渡辺千尋 そしてセミナリヨ現代版画展−』を開催します。同市開催の版画コンクール「セミナリヨ現代版画展」と平行して開催する形で来年2月末までの展示を予定しております。

日本で初めての銅版画から南島原市で毎年開催されている版画コンクール「セミナリヨ現代版画展」、そしてそれらに多大な功績を残した銅版画家 渡辺千尋氏の画業を振り返る展覧会となっております。特に長崎県民、南島原市民皆様にはご覧いただきたい展示内容となっています。それ以外の地域の皆様も是非ご高覧ください。以下少々長いですが今回の展示の挨拶文です。

1869年日本からヴァチカンに向かう途中、フィリピンのマニラに立ち寄ったフランス人司教プチジャンはフランシスコ会修道士から2枚の古びた銅版画を手渡されました。その素朴な技術で彫られた版画にはそれぞれラテン語で「1596年 日本のセミナリオにて 有家」「1597年 日本のセミナリオにて」と刻印されていました。後に「聖家族」と「セビリアの聖母」と名付けられる事になる、現存する日本人の手による最初の銅版画が時を越え発見されたまさに奇跡の瞬間でした。これは同じプチジャン神父に二百数十年の長きにわたり仏教徒を装って来た日本人キリスト教徒達が大浦天主堂で名乗り出た、いわゆる“信徒発見”の4年後の出来事です。時は丁度幕末期から明治新政府にいたる新たなキリスト教弾圧「浦上四番崩れ」が起こった年、2枚の銅版画はその救済の象徴となるかのように時のローマ法王に献上され、法王自らが版画下に書き添えた祈りの言葉と共に大浦天主堂へと戻されたのです。 そのさらに約270年前の1597年、現存する日本人による最初の銅版画の1枚「セビリアの聖母」は現在の長崎県南島原市有家町にあったキリスト教カトリックのイエズス会神学校「セミナリヨ」で彫られました。銅版画の技術はその7年前、かの天正少年使節が同市加津佐町に持ち帰った活版印刷の技術と共に西洋からもたらされたものです。この版画の作者は解っていません。ですが当時のセミナリヨで銅版画を学んだ名もなき一信徒によって制作された銅版画の中の1枚である事は想像に難しくありません。またこの時代が決して当時のキリスト教徒にとって平穏な時代でなかった事も確かです。天正少年使節が帰郷する3年前、1587年に発布された秀吉によるバテレン追放令、そしてこの版画の作られた年1597年には長崎の西坂で、京都で活動していたフランシスコ会の修道士を始めとする26人のキリスト教徒が磔刑に処されたあの「26聖人殉教事件」も起きています。その先に続く弾圧の予感の中で、名も無き作者がどのような思いを込めてこの銅版画を彫ったのか、その素朴で稚拙な描線は400年後の私たちに小さな片鱗を感じさせてくれるにとどまっています。実際その後、弾圧は厳しさを増し、花開きかけた日本における銅版画文化は他の様々なキリスト教文化と共に歴史の闇へと消し去られてしまうのです。 「聖家族」が作られた丁度400年後1996年、銅版画家の渡辺千尋氏のもとに当時の有家町から「セビリアの聖母」の原版の復刻の依頼が舞い込みます。「セビリアの聖母」でも使用されていた最も古い銅版画技法エングレービングに習熟しており、そしてその制作年に起きた「26聖人殉教事件」の舞台となった長崎西坂の地で幼少期を送った氏にとってこの依頼はまさに人生をかけた使命に感じられた事でしょう。復刻にあたり当時長崎カトリック協会に保管されいかなる研究者にも見せる事が出来ないと封印されていた「セビリアの聖母」の本物を見るために26聖人が連行された大阪から長崎までの800キロの殉教の道を徒歩でたどり、また制作した版画をヴァチカンへ献上するまでのドラマチックな物語は氏の著書「殉教(マルチル)の刻印」に詳しく記されています。 復刻後、渡辺氏は当時の有家町が主催する「セミナリヨ版画展」という版画コンクールで審査委員を勤めます。当時有家町と九州管内にとどまっていた応募範囲を全国公募にする事が氏の願いでした。しかしその実現を見る事無く氏は2009年食道癌のためこの世を去ります。氏の願いが叶い全国公募展として第11回展が開催されたのは氏が亡くなって3年後の2012年の事でした。その後本年までに18回を数える本展は「セミナリヨ現代版画展」と名前を変え、日本でも数少ない毎年開催される全国公募の版画コンクールとして質の高い受賞者を数多く排出し、その名を全国に知られるようになりました。本コンクールの受賞を皮切りに他にも多くの賞を勝ち取った版画家も少なくありません。また本年は本格的な版画工房とアーティストインレジデンス施設を備えたここ「南島原市アートビレッジ•シラキノ」も誕生しました。渡辺氏の意思を引き継ぎ400年の時を超えて南島原市で版画作品が制作される土壌が整ったのです。 本展では「聖家族」「セビリアの聖母」の高精度な再現、そして渡辺千尋氏によって復刻された「セビリアの聖母」の貴重な本刷り。また渡辺千尋氏の超絶技巧、エングレービング作品の数々と、渡辺氏が審査に関わった市内のみの公募時代のセミナリヨ版画展の受賞作品、そして氏が夢見た全国公募以後の受賞作品を一同に展示いたします。 400年前の名もなき銅版画家に始まり、プチジャン神父、渡辺千尋氏と思いを繋いできた南島原の版画文化。その精神が1度は失われた南島原の版画文化を、もう1度この地で花開かせる事を願っています。